群馬県みなかみ町月夜野 如意寺

如意寺のご案内

ご本尊・脇立・寺紋

当寺は、名胡桃(なぐるみ)城主三郎景冬の姉で如意姫の開基とされています。 文明年間、姫は召されて京に上り右大臣の養女になり才智・容姿に恵まれ特に和歌を好まれたと言われます。宮中に奉仕する様になり後花園帝の御寵愛を受けた為に他の官女の嫉妬をうけ宮中におられず長禄二年(1458)に名胡桃の里に帰られました。 寛正元年(1459)に若宮が誕生されましたが、御年三才で亡くなられた為姫、悲嘆の余り出離して如意尼となり草庵を造って如意輪観音を安置されたのにはじまると伝えられています。 その後、享禄四年(1531)に下牧の玉泉寺六世継善和尚が中興して曹洞宗となり、元和三年(1617)玉泉寺十世長薫和尚の代に寺格を改め鳥越山宝珠院如意寺となり、天正三年(1575)に現在地に移築し今に至って居ります。 尚、先の大戦時、昭和十九年八月十六日より翌年の十一月二十二日まで「如意学寮」として東京都板橋区志村第三国民学校五・六年生徒150名が疎開して居りました。 又、境内には、 上杉謙信の供養塔、戦没者供養塔、名胡桃城主の供養塔、中国人殉難者供養碑、応召軍馬供養碑などがあります。 尚又、平成時代に入って位牌堂を改築し、霊園も新設いたしました。